Philosophy&Thoughts: 『論理哲学論考』の6.4以降を読んだメモ

何十年ぶりかにWittgensteinの『論理哲学論考』の6、7を読み直しました。『論理学哲学論考』は大変短いものですが、1、1.1、1.11、、、などと細かく番号がつけられており、7まであります。ちなみに、7は、ヴィトゲンシュタインに関心のある人にはよく知られている「人は語り得ないものについては沈黙せねばならない」の1文だけです。 『論理哲学論考』は第一次世界大戦中に執筆され1921年に出版されました。Wittgensteinが生前に出版した唯一の哲学書です。哲学書でないものでは小学生向けの辞書があり、彼が生前に出版したのはこの2冊だけです。 テキストは次にあります。ドイツ語、英語訳が併記さ…

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Philosophy&Thoughts: プログラムや論理学の基本用語の説明 ver. 1

プログラムや論理(学)を学ぶ時に必要となる用語について、現在の私の理解をメモしておきます。間違っている点もあるかと思いますが、随時修正、更新します。   1.関数   プログラムでは、「関数は多対一の関係をあわわす」ものだという理解で十分だと思います。そうすると、例えば、+も、(a,b)に対してaとbを加えた一つの数値を返すので、関数といえます。同じように、引き算も掛け算も割り算も関数と考えられます。 ですから、関数は日々私たちが使っている非常に身近なものです。   2.内包と外延   内包は、論理学ではsenseとかconnotationとかinten…

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Philosophy&Thoughts: 『歎異抄』を素直に読む ver. 2

『歎異抄』について素人が考えたメモです。   Wikipediaによれば: 『歎異抄』(たんにしょう)は、鎌倉時代後期に書かれた日本の仏教書である。作者は、親鸞に師事した河和田の唯円(ゆいえん)とされる。、、、親鸞滅後に浄土真宗の教団内に湧き上がった異義・異端を嘆いたものである。   ちなみに、現存している最古のものは室町時代に蓮如(浄土真宗本願寺派第8世宗主、真宗大谷派第8代門首)が書写したものです。現在に続く巨大教団を気づいた蓮如上人も大変尊重したことがわかりますが、このことが『歎異抄』を教団ときりはなして読むことを難しくしています。   I.『歎異抄』の脈絡…

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Philosophy&thoughts: 唯円と親鸞

あまり本は読みません。デジタルは拡大できるのでよいですが、視力が衰えたので、印刷物を読むのはつらいです。メガネをかければよいのですが、デジタルの方が辞書を引きやすいし、ラインも気兼ねなく引けます。 それでも、お風呂では何か読みたいのでのでメガネをかけて読みます。で、ここ数日で、島田裕巳『ほんとうの親鸞』を読了しました。たぶん、3回めです。印刷本をほとんど持っていないので、同じ本を何回も読むことになります。 『ほんとうの親鸞』は、私の素朴な疑問に答えようとしてくれているところがよいです。 『歎異抄』を読んで、「すごいなっ」と思って、親鸞の主著と言われる『顕浄土真実教行証文類』を読むと、仏典からの…

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Philosphpy: 哲学者を悩ませた10の文 ver. 2

フレーゲにはじまる現代論理学、論理実証主義、日常言語学派の「発展」の歴史を9つの文への対応として解釈する大胆な試みがありましたので紹介します。 ずっと哲学を離れていましたので誤解や誤りがあるかと思います。正確な理解のためには、Matthew McKeever,氏の解説をお読みください。   Philosophy Of Language in 9 Sentences   取り上げられた各文の解釈を自然言語の分析と考えれば、コンピュータ上の自然言語に関わるプログラム作成に活かせる現代的な問題を含んでいると考えています。   Matthew McKeever,氏は次の9…

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Logics: 論理的に考える2 ver. 3

友人に意見を求められて、その時思いついたことをそのままを「論理的に考える1」に書いたので、何のことかわかりにくかったと思います。 Wikipediaの次のページの懐疑論について議論を参考にして、「論理的に考える」にういて「考えたい」と思います。   Epistemic closure   I.懐疑論者の主張   なんでも疑う変わった人がいたとします。相当変わっていて、「あなたは手があるということを知らない」と主張します。手があることをしらないのだから、知覚していることはすべて幻想だと言いたいのでしょう。   次の推論の正しいことはだれでも認めるだろう。次…

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Logics: 論理的に考える1

「論理」国語という科目が選択科目で生まれるそうです。国際化したいのでれば、「国語」を「日本語」にするのが先だと私は思のですが、、、 それはさておき、大学でも「論理」は特別重視されていて、なにかにつけて、「論理的に書きなさい」とよく言われます。その場合は、論理学でいう論理といういうより、感情的に書かないようにということだと思います。 厳密に「論理」的推論というのは非常に狭いももので、Excelのlogica fomulasを見ればわかります。もちろん、論理学ではもっといろいろ扱えますが、ふつう「論理的」というものはずいぶん違います。 それに、簡単に他の推論と混同されます。それは日常言語の「あいま…

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哲学への招待:カミュ『シーシュポスの神話』

カミュ『シーシュポスの神話』(Le Mythe de Sisyphe)のメモです。     作者紹介   アルベール・カミュ(ウィキペディア)   著作解説   The Myth of Sisyphus (Wikipedia) 大変わかりやすい解説で、4章の概要がわかります。   原文および英訳 Le Mythe de Sisyphe The Myth Of Sisyphus And Other Essays   コメント   大学の時、第二外国語はフランス語でした。哲学専攻でしたからラテン語も学びました。大学院の…

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ヴィトゲンシュタイン哲学入門3:哲学問題の発生

ヴィトゲンシュタイン哲学入門1 ヴィトゲンシュタイン哲学入門2 ヴィトゲンシュタイン哲学入門3   I.日常言語の誤用   後期のヴィトゲンシュタインは、語の誤用によって哲学問題が生じと考えました。 ここでは、原因(cause)と根拠(ground)の混同を取り上げます。   1.「私は風邪をひいたから授業を欠席した」 どちらかというと原因 2.「私は弟の結婚式だから授業を欠席した」 どちらかというと客観的な根拠 3.「私はその先生が嫌いだから授業を欠席した」 どちらかというと主観的な根拠   1の場合、物理的原因だとすると、風邪の原因、例えば雨の中をで…

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ヴィトゲンシュタイン哲学入門2:哲学の有用性

ヴィトゲンシュタイン哲学入門1 ヴィトゲンシュタイン哲学入門2 ヴィトゲンシュタイン哲学入門3   I.哲学は役立つか?   論理実証主義から分析哲学への流れは、哲学問題を解決するための論理や言葉の分析の歴史です。 下記は、哲学的問題が生じるのは、構文や文法の誤解からであると論じたカルナップの古典的論文です。   Rudolf Carnap, The Elimination of Metaphysics Through Logical Analysis of Language (1932)   言葉の分析によりすべての哲学問題を解決できるとヴィトゲンシュ…

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